旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に関連した著名人の中でも、山崎浩子さんの存在は特に注目を集めてきました。
かつて日本代表の新体操選手として活躍し、その後スポーツキャスターとして人気を博していた彼女は、1992年に旧統一教会の合同結婚式(祝福結婚)に参加。
その数か月後には脱会し、メディアで教団の問題を告発しました。この記事では、その経緯と現在までの動きをまとめます。
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■ 山崎浩子とは?新体操界のスターからタレントへ
山崎浩子さんは、1970年代から1980年代にかけて活躍した新体操選手。
日本代表として世界大会でも高い成績を収めたのち、引退後はスポーツキャスターやコメンテーターとしてテレビで人気を集めていました。
- 1960年生まれ、鹿児島県出身
- 1980年代:日本の新体操界の第一人者に
- 引退後:NHKや民放のスポーツ番組で活躍
■ 1992年、祝福結婚(合同結婚式)に参加
1992年8月、韓国・ソウルで行われた旧統一教会の大規模な合同結婚式に参加したことで、山崎浩子さんは大きな注目を浴びました。
当時は桜田淳子さんも同じ式に参加しており、芸能・スポーツ界からの参加が話題となりました。
「教団が決めた相手と、顔も知らずに結婚する」
「信者としての使命を果たす」という言葉が繰り返された
合同結婚式は信者同士をマッチングし、教祖・文鮮明氏が祝福を与える形式で、相手と一度も会わずに結婚するという独特のスタイルでした。
■ まさかの「脱会宣言」――わずか数か月後
祝福結婚式に参加してからわずか約3か月後の1992年11月、山崎浩子さんは統一教会からの脱会を発表。
記者会見では、次のように語っています。
「自分の意思を失っていた。自分を見失っていた」
「親や友人との関係を断たれ、心がコントロールされていたことに気づいた」
この発言は日本中に衝撃を与え、統一教会の内部構造や勧誘手法への問題意識が急速に広まるきっかけとなりました。
■ なぜ入信し、なぜ脱会できたのか?
山崎さんは「精神的に不安定な時期に、優しく寄り添ってくれた教団スタッフに感謝していた」とも述べており、心理的な隙間を埋めるようなアプローチがあったことを示唆しています。
しかし、日常的な生活制限や、「外部との接触を断つ」教団の指導に疑問を持ち始め、冷静になった結果、脱会に至ったと説明しています。
旧統一教会の勧誘では、心理的依存や社会的孤立を背景に信者を取り込む手法が指摘されており、山崎さんの証言はその実例とされています。
■ 脱会後の活動と社会へのメッセージ
脱会後の山崎浩子さんは、教団の実態についてメディア・書籍で告発を行い、社会的な警鐘を鳴らしてきました。
その一方で、スポーツ界に復帰し、現在では新体操の指導やスポーツ行政にも関わる活動を続けています。
- 2000年代以降:全日本新体操チームの強化指導
- スポーツ庁の委員やJOC関係者として活躍
- 統一教会に関するコメントは控えているが、活動は明確に教団と無関係
「山崎さんの脱会は、私にとっても希望だった」
「有名人だからこそ、勇気を出してくれたことに感謝しています」
✅ この記事のまとめ
- 山崎浩子さんは1992年、旧統一教会の祝福結婚に参加
- わずか3か月後に脱会し、記者会見で教団の問題を告発
- 脱会後は新体操界に復帰し、スポーツ指導者として活躍
- 彼女の証言は教団の実態を明らかにする大きなきっかけとなった
山崎浩子さんの体験は、旧統一教会の問題を「芸能界やスポーツ界」という公共性の高い場に持ち込む形となり、多くの人々の意識を変えるきっかけになりました。
信仰の自由と組織的支配の線引き、そして脱会者が再び社会に戻って活躍できる土壌の重要性を、私たちに教えてくれる事例です。