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信仰は自由?宗教法人と個人の「信教の自由」の違いを整理する
「信教の自由」は日本国憲法で保障された基本的人権のひとつです。
一方で、旧統一教会をめぐる解散命令や税制優遇の議論の中で、「信教の自由を侵害しているのでは?」という声が上がることもあります。
この記事では、個人が持つ信仰の自由と、宗教法人が持つ権利や制度上の保護の違いを整理し、誤解されやすいポイントを分かりやすく解説します。
■ 「信教の自由」は個人に保障されている
日本国憲法第20条では、次のように定められています。
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
この条文が意味するのは、「どんな宗教を信じても、信じなくても自由」ということ。
誰かに信仰を強制されたり、特定の宗教を禁止されたりすることは、原則としてありません。
信教の自由は、内心の自由(信じる・信じない)だけでなく、宗教的行為の自由(礼拝・儀式・布教など)も含まれます。
■ 宗教法人は「信教の自由」とは別の制度で守られている
宗教法人は、宗教団体が法人格を取得し、施設・財産の管理をしやすくするために設けられた制度です。
この制度により、銀行口座の開設や土地建物の保有、税制優遇などが可能になります。
- 法人としての不動産登記・所有
- 法人名義での契約・取引
- 宗教活動に対する税の非課税措置
しかし、この法人格は国家の制度に基づく行政的な認定によるもので、個人の「信教の自由」とは別物です。
法人格がなくなっても、信者が信仰を続ける自由は失われません。
つまり、宗教法人の解散命令=信教の自由の侵害ではないということです。
■ 旧統一教会の解散命令請求との関係
旧統一教会をめぐっては、霊感商法や過度な献金による「公共の福祉を著しく害する」行為が問題視され、2023年に解散命令が請求されました。
信じていたこと自体を否定されるのではないかと不安でした。
でも今は、「信仰と組織の在り方は別」と理解できるようになりました。
このように、国家が介入しているのは組織運営の法的制度に対してであり、個人の信仰には干渉していません。
■ よくある誤解と整理
旧統一教会のようなケースでは、次のような誤解が生まれやすいので注意が必要です。
- 信仰が問題にされている → ❌ 組織の行為が問題
- 信教の自由が制限されている → ❌ 法人格の見直し
- 宗教弾圧だ → ❌ 公共の福祉を守るための措置
個人がどのような信仰を持って生きるかは、今もこれからも自由です。
問題となるのは、組織として人を支配したり、経済的に追い込んだりする行為です。
✅ この記事のまとめ
- 「信教の自由」は憲法で保障された個人の権利
- 宗教法人は、法人制度としての行政的認定を受けた存在
- 宗教法人への解散命令は、信仰への介入ではなく、法制度の適用
- 旧統一教会の事例は、「信仰」ではなく「組織の行為」が問われている
信仰は誰にも奪えない自由です。
だからこそ、信仰が人を傷つけるための道具にならないように、私たちは制度と自由の違いを正しく理解する必要があります。